瀬戸内寂聴 残す

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瀬戸内寂聴さん訃報~人生最大の影響を受けた今東光和尚の「極道辻説法」を思い出す

2021年11月9日に、尊敬してやまない瀬戸内寂聴さんが99歳で亡くなりました。
個人的にはもう悲しくて仕方ありません。

心からのご冥福をお祈りいたします。

瀬戸内寂聴さんの波瀾万丈人生は、すでに多くの人が知るところであり、
いろいろなメディアでもこれからも伝えられるはずでしょう。

よく口にされていた
「生きることは愛すること」
ことを地のままに全うされた生き様が感じられ、
まさに寂聴さんそのものであったように思います。

私が寂聴さんに興味を持ち始めたきっかけは
51歳で、作家であり天台宗、中尊寺貫主であった
今東光(こんとうこう)大僧正を師僧として得度した
という話を知ってからになります。

 

今東光?
だれっ?

と思う方が大半かと想像しています。
この記事は、その今東光和尚のことを書いています。

今東光和尚こそ、私自身の少年時代に人生観、性格面などで
決定的なインパクトを与えてくれた人でした。

中高年以上の年代(概ね50歳以上の年齢)であれば、
懐かしい・・・
と思う方もいらっしゃるかもしれません。

すでに遠い昔の話のことながら、今東光和尚のことは
歴史に埋もれてしまっているようにも感じていますが、
今ここに規格外の人物をあらためてご紹介したいと思います。

あなたの抱えている悩み事。

私は少年から青春時代にかけて
当時の悩みをすべてふっとばしてくれた
記憶があるだけでなく、その後の人生観に
強く影響を受けました。

これまでの生涯で最大の影響を受けたと
自白します。

瀬戸内寂聴さんが、得度を受けた僧侶が
なぜ今東光和尚なのか。

今ではしみじみと理解できる気がします。

あなたの悩みが少しでも軽くなることを
祈りながらさっそく超弩級の人物について語ってまいります。

あらかじめ言うと、この記事やや長いです。
お飲み物でも用意してごゆるりとお読みいただけると幸いです。

なお、現代の日本の社会的風潮、コンプライアンス、世間で広く
共有されている通念から見て、一般的には許されない、或いは違和感のある
用語や表現が少々混じっていると自覚しながら書いております。
この点は、1970年代後半~1980年代前半にかけての話が
メインとなるため「そういう時代だ」と何卒ご了承くださいませ。

 

今東光和尚の魅力

このお方、言葉で表すことが非常に難しい。

本当に何もかも規格外で、ただ私にとって
人生の師であることは確かです。

多感な少年~青年時代にこれほどに影響を
受けた人物が他にいませんでした。

1898年(明治31年)生まれで1977年(昭和52年)に亡くなった
天台宗の大僧正、中尊寺貫主、小説家、参議院議員であり、
法名が「春聴」。

瀬戸内寂聴さんの得度に際して、
法名の一文字をとったそうです。

川端康成が親友で、モグリで一高(東大)の学生になっていたこと、
谷崎潤一郎、梶山季之、芥川龍之介、柴田錬三郎、大宅壮一、司馬遼太郎
などそうそうたる人たちとの交流や、
バチカン市国の教皇パウロ六世に謁見の話も有名でした。

 

さて私の記憶に残る、今東光和尚とはこういう人。

  • ダンディズムを地で行く
  • 優しい(特に女性に)
  • 理不尽なことに非常に厳しい
  • めちゃめちゃお洒落
  • しかもお茶目、チャーミング
  • 生涯現役をモットー
  • 大変な勉強家
  • ユーモア、ウィットに富んでいる
  • (さすがに和尚で)底知れぬ人間愛を感じる
  • (和尚のくせに)超スケベ(ジジイ)

知ったときはすでに和尚が祖父の年齢でしたが
こういった方なので私にとっては、
その後の生き方指針となるハードボイルドの見本のようで
親しみを感じる一方でとてもとても眩しい存在でした。

また和尚にとって娘あるいは孫世代の女性からも
なぜかモテモテでして「かわいい~」
という評判もちょくちょく目にしました。

少年の私には理解不能な女性からのモテぶりが
今ではとてもよく理解できます。

これだけ懐が深く、人間味にあふれた人であれば
いくら歳をとっていてもモテざるを得ない。

和尚を知ったときは、
こういうカッコいい人になりたい!
と痛切に感じておりました。

まだ純真な部分が心のかなりを占めていた
当時の私はイチコロで和尚に惚れてしまった
と言って過言ではありません。

また今東光和尚は
「昭和の怪人」
とも呼ばれたほどの傑物。

ご興味あれば、詳しいことはWikipediaでご覧ください。

今東光 - Wikipedia
今東光 - Wikipedia

go.ifrv.net

 

 

極道辻説法 in 週刊プレイボーイ

誰もが人生のなかで、自分以外の何かの影響を受けます。

それは誰かの言葉であったり、書籍、音楽、絵画、映画、演劇・・・
人それぞれですが必ず他者による何かに影響を受けて
これまでもこれからも生活しているはずです。

1970年代半ばといえばインターネットがもちろん存在しない時代。
当然、SNSもなければ、ヤフコメなど気軽に
記事にコメントできる環境なんかもありません。

この時代、集英社から発行されていた
『週刊プレイボーイ』
なる雑誌にそれはそれは面白いコラムがありました。

そのコラムこそが今東光和尚による『極道辻説法』であり、
いわば主に若者からの人生相談に答えるコーナーです。

当時の編集者は、島地勝彦さん。
島地さんはご本人及び今東光和尚によると「息子同然」として
可愛がられ、その後この『週刊プレイボーイ』を100万部雑誌に育てた
名編集長となり、系列会社の社長になった方です。

当時、人生相談といえば、肉筆で手紙やはがきを使って雑誌会社へ郵送、
そして編集者の目に留まれば数週間後に人生相談のコラムに載る、
という運とともに気の長い応答を待つしかありません。

こういった手段でしか、相談者も回答を得ることができない
今のようにあくせくしようともできない時代でした。

 

貧乏生活をしていた私は、わずかなお小遣いから
毎週その『週刊プレイボーイ』を買うためだけに
いろいろな誘惑を遠ざけ我慢しておりました。

厳密には、極道辻説法を読むという目的のためだけです。

買ったら即、むさぼるように読んでいました。
しかも目を血走らせて(笑)

 

そこには少年であった私と同世代か
一回り、二回り上の世代の男女から
長短はあるにせよ切々たる悩みが書かれていて、
和尚が大喝するか、あるいは慈愛に満ちた言い方で
しゃべり言葉そのまんまで返事が載っているのですが。。。

抱腹絶倒!

という表現がピッタリでした。

今東光和尚は、私の印象では
自分自身や他人の人生をいい加減に扱った悩み・質問には
大喝で罵倒したものが多かったように覚えています。

と同時に、底知れぬ深い愛情を垣間見るときもあり、
破格のスケール感をかもし出すこのスケベ和尚はいったい何者なんだ!?
と興味だけが前のめりで毎週楽しみで仕方ありませんでした。

 

「極道辻説法」は、その後単行本、文庫本として世に出て
さらに「続極道辻説法」「最後の極道辻説法」と続きました。

もちろん私は大切な週刊プレイボーイ含め
すべてを所有しておりましたが、社会人になり引っ越しその他で、
いつの間にか手元から失せてしまったのです。

本棚にしまっていたはず・・・
と記憶していた単行本が見つからず。

正確な言い回しではありませんが、あれから数十年たった今も
私の記憶に残っている和尚の「罵倒」部分を次に
思い出しながらご紹介したいと思います。

 

極道辻説法 和尚の「喝」

正確には後ほど述べる「次回予告」でご説明するとして、
概ねこのような言い回しだったところのご紹介です。

ニュアンスを感じ取っていただければ幸いです。
以下3つ、いずれも下半身ネタになりますが
それだけに抱腹絶倒とともに記憶に残っております。

また下半身ネタは記憶に残りやすい面もありますが、
なによりあなたが想像する天台宗の大僧正、中尊寺貫主の
イメージとかけ離れているかと思います。

しかし、そこが何よりまた今東光和尚の人間味と個性であり
多くの老若男女を惹きつけてやまない魅力なのです。

 

俺は浪人生だ。
目指す大学はあるがなかなか勉強する気分になれない。
そんな日々の中、親友の妹に手を出して妊娠させてしまった。
俺はこの先どうすればよいだろうか。俺に喝を入れて欲しい。

この野郎、俺はどうすればいいでしょうかだと?
てめえのような学問にも興味がなく、チ〇ポおったててるだけで・・・
おてんと様が黄色く見えるまでてめえのものを擦り、
頭も空っぽになったら人生出直しのつもりでその娘さんを幸せにすることだけを考えろ!
喝を入れて欲しいだといい加減にしろよ、この野郎!

 

一回り以上年上の職場の男性に恋しています。
相手は私と年が離れすぎてると思っているせいか、いくら色目を使っても
恋愛対象として見てくれなくてヤキモキしています。
彼の心をつかむにはどうしたらいいでしょうか?

俺の知っている娘さんがいて、家の修理を大工に頼んだんだ。
そこの棟梁がやもめ暮らしながら、キップもよくとても仕事ぶりもいい。
娘さんはうんと年上のその棟梁にだんだん心惹かれるようになったんだ。
しかし、おめえさんと同じで相手は小娘としか見てくれず、だ。

そこでその娘さんは一計を案じて、ある日
「棟梁、足元の台を支えておいてください」とか言いながら
わざと転んでみせたんだ。
転んで着物がはだけ股の奥が見えるようにしてな。
その夜、棟梁が忍び込んで娘さんはちゃっかり女房としておさまったわけだ。

おめえさんも、なんとかしたいと本当に思うなら
もっと知恵を働かせてみることだ!

 

今東光和尚様。七尾市在住です。
付き合っている彼との関係でご相談したいことがあります。
(以降、相談内容は記憶になく割愛します)

そんなつまらない男とはさっさと縁を切るのがよろしい。
みるとおめえさん、七尾の出身だね。
七尾と言えば昔から色白で美人の産地で有名だ。
どうだ、そんな男を捨てていっそのこと俺のところに来ないか?
俺がしっかり可愛がってやるから、ガハハハッ!

 

どうでしょう?
下ネタばかりで申し訳ありませんが
実際はホントに真剣な悩みごとが多く
人生のバイブルだと多くの若者が支持していました。

竹を割ったような豪快でためらいの無い物言いと、
それを支える深い人間愛、洞察力に感銘を受けたのです。

また繰り返しますが、前記の質問と回答は正確な表現ではなく
私の記憶に残るものなのでその点をお忘れなく。
(本の再購入後に正確な表現に訂正予定です)

 

次回予告~極道辻説法、続極道辻説法を再購入したので

失ってしまった宝物はやはり取り戻したい。

そんな思いで、本棚含め家中のありとあらゆる場所を探しましたが
昔購入した極道辻説法はやはり見つかりません。

瀬戸内寂聴さん繋がりで、今東光和尚を思い出し、
今東光和尚の「極道辻説法」を思い出す。。。

仕方なくAmazonを覗いてみたら。。。

やはり・・・というべきか絶版になっているため
中古の本しかありませんが、シミ、ヤケが目立つものでも
数倍以上の値がついています。

・・・ということで書籍の転売をされている方へお伝えすると
瀬戸内寂聴さんから今東光和尚へ連想する人は多いので
ともに著書や関連アウトプットは今が人気アップのタイミングですよ!

 

チクショー!

と思いながら、「極道辻説法」及び「続極道辻説法」を
Amazonから再購入しました(笑)

この2つです(↓)

 

先ほど述べた和尚の「喝」の部分は、私の頭の中にあるおぼろげな記憶を
もとに書いたもので正確には再度、和尚の発言そのものを
両方の書から辿ってあらためてご紹介したいと思います。

実はもう一冊、「最後の極道辻説法」もあるのですが、
こちらは和尚がガン闘病で未完のまま終わってしまい
個人的に悲しい思い出が詰まっているので今回は見送りました。